まぶたが脳を刺激していた

まぶたで健康革命―下がりまぶたを治すと体の不調が良くなる!?

まぶたで健康革命―下がりまぶたを治すと体の不調が良くなる!?

 まぶたに関して世界ではじめて書かれた本です。

 またまた、FM八ヶ岳放送用の原稿で申し訳ありません。
 今回は、まぶたと脳の関係について話しましょう。
 五感というのはご存じですね。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、それに味覚。
 これは、わたしたちの体が感じることができるものです。じつは、これにもうひとつ、固有知覚といわれるものがあるのです。それは、わたしたち自身が感じることができないもので、ほとんど注目されていませんでした。この固有知覚がまぶたと関係があるのです。
 まず、固有知覚とは、いったいどんなものなのか説明しましょう。
 まぶたをさまざまな角度から研究している信州大学教授の松尾清先生によると、わたしたちの体に何らかの影響を与える感覚として、医学的にいうと、大きく分けると3つに分けられるそうです。ひとつは熱い・痛いといった感覚(温痛覚)ともうひとつは触ったときの感覚(触覚)、最後は感じることのできない固有知覚です。
 たとえば、熱いものにさわったとき、思わず手を引っ込めます。とげなどが刺さったときも同じように指を引っ込めます。これは体に害のある侵害反射というものです。危険から身を守ろうとして起きる反射です。そういう反射が起きるような温痛覚は、体に悪い知覚といい替えることができるでしょう。
 一方、手をさすったり、おなかをさすったりするのは、ずっと続けても気持ちがいいだけで、何の問題もありません。こういう触覚は体に悪くない知覚といえます。(触る相手が問題かもしれませんが…)。
 そして3つ目の固有知覚は、他の感覚のように自分で感じることのできない感覚です。
 固有知覚は感じることができないので、実感がないから説明しにくいのですが、「脚気」の検査を思い浮かべてください。
 膝を重ねて、ひざの下の固い筋をたたくと、勝手にひざがぴんと跳ね上がるというものです。専門的には膝蓋腱反射(しつがいけんはんしゃ)といいます。反射はおおむねそうなのですが、足も自分の意志とは関係なく跳ね上がります。このときに働いているのが固有知覚です。
 太ももの筋肉の中にある筋紡錘というセンサーが引っ張られて固有知覚が発生し、この固有知覚が大腿四頭筋の運動神経を刺激して、反射的に筋収縮が起きます。その結果、ひざが跳ね上がります。
 固有知覚は、感じることができない感覚ですから、電波とか音波のように目に見えない、ピピッと伝わる信号のようなものとでもいえばよいでしょうか。
 わたしたちがふつうに体や手足を動かしたときも、筋肉の中の筋紡錘が引っ張られて固有知覚は出て、筋肉が勝手に縮んだりゆるんだりする信号として使われています。
 固有知覚という言葉自体は、はじめて聞く人も多いと思いますが、わたしたちは固有知覚をとくに強く出す方法を知っていて、実際によく行っています。
 たとえば、貧乏ゆすり。足を細かくゆらすと足の筋肉の筋紡錘から強く固有知覚を出せます。また、大あくびをすると、固有知覚を強く出せます。大きく口をあけることで、咀嚼筋(噛むための筋肉)の筋紡錘から、また、手足を強く伸ばして手足の筋紡錘から固有知覚を強く出るのです。
 これがすべてまぶたと関係するのです。大あくびでも、かみ殺したあくびでも、かならずしかめっ面をしているものです。しかめっ面のとき、目を奥に引いてミュラー筋のセンサーを伸ばして、固有知覚を強く出していると松尾教授は考えています。
 ミュラー筋とは、まぶたのアキレス腱が切れてもまぶたを開けるために働いている筋肉ですが、このミュラー筋にセンサーがあります。このセンサーはミュラー筋が引っ張られると反応して、固有知覚を出します。
 ミュラー筋が引っ張られるために、眉間にしわがよったり、カラスの足跡といわれる目尻のしわができたり、鼻唇溝が深くなるような顔面の筋肉が縮み、しかめっ面になるのです。
 ところで、あくびをするのは、眠くなってきた体に活をいれているためです。あくびをすると大きく動くのが、あごの筋肉、咀嚼筋です。
 ガムを噛むと、歯と歯茎の骨の間にクッションのようにある歯根膜が刺激されます。そして、歯根膜にあるセンサーから固有知覚が発生します。こうして歯を噛むことで、眠気を防いでいます。
 眠くなってまぶたが落ちてくると、まぶたをこすりますが、こうするとミュラー筋のセンサーが引っ張られて固有知覚が出て、まぶたがあきます。

 2脳を目覚めさせる
 この固有知覚によって、脳が刺激され、覚醒されるといいます。
 ここからちょっとむずかしい話になります。まぶたと脳の関係です。
 貧乏ゆすり、おおあくび、ガムを噛む、まぶたをこするなど、これらの行為は、いずれも眠気をさますためにわたしたちは行っています。じつは、眠気をさます、つまり、脳が覚醒するのは、これらの行為によって発生した固有知覚が、脳に刺激を与えているからです。
 まぶたで発生する固有知覚もそうですが、顔で感じる感覚は、三叉神経と呼ぶ脳神経を通って脳に入ります。まぶたや咀嚼筋などから出る固有知覚も三叉神経を経由して、脳に入っていきます。
 まぶたをあけるとミュラー筋のセンサーが引っ張られ、固有知覚が出ます。まぶたを強くあけると強く出て、まぶたを弱くあけると弱く出ます。まぶたを閉じるとほとんど出なくなります。
 まぶたのあけ具合、ミュラー筋のセンサーの引っ張り具合で、脳に入る固有知覚の量を調節し、脳の活動をコントロールしているのではないかと、松尾教授はいいます。 
 脳がどうしたら覚醒するのか、という実験があります。
 フランス人のロジャーという学者が行ったネコの実験です。残酷な話ですが、ネコの脳のいろいろな場所を切断して、どのような変化が起きるかを調べました。その結果、三叉神経を切断すると、ネコはまぶたをあけることができず、眠ったままになり覚醒できませんでした。三叉神経から入ってくるなんらかの刺激で、ネコは覚醒していることがわかったのです。
 先ほど述べたように、三叉神経は、温痛覚、触覚、固有知覚という3つの感覚の通り道です。調べてみると、ネコがまぶたをあけて覚醒しているときに、触覚、温痛覚は脳に入っていません。ネコが覚醒しているときにネコの脳に入っているのは、固有知覚でした。
 フランス人は、人の意識がどのように生まれるのか、人はどのように考えるかということにたいへん興味があるようです。それを知りたくて、こんな実験をしたようです。
 まぶたをあけることで出てくる固有知覚だけが、脳に入ってネコは目覚めていたのです。ネコが覚醒できなくなったのは、三叉神経が切断されたために、固有知覚が脳に入らなくなったからと考えられます。
 この実験から、固有知覚というわたしたちが感じることのできない刺激が脳を覚醒させていることがわかりました。
 まぶたを大きく見開いたり、歯を噛みしめたりすると、脳が覚醒するのです。

 3脳のどこが刺激を受けているのか

 脳は、ご存じのように、大脳、小脳、脳幹に大きく分けられます。大脳は、運動、感覚、思考などの精神活動の中枢です。小脳は、平衡感覚の調節などを行っています。脳幹には呼吸など生命に係わる中枢があります。固有知覚が入っていくところは、この脳幹です。脳幹は大脳の下にあり、間脳、中脳、橋、延髄で構成されています。
 脳幹の中脳と橋に伝わります。橋と呼ばれるところには、脳全体を覚醒させる「青斑核」といわれるところがあります。
 青斑核は刺激を受けると、ノルアドレナリンという神経伝達物質を出して、前頭前野視床、海馬、扁桃体視床下部、小脳、脊髄などを広範囲に刺激します。
 前頭前野はものを考えたり、体を動かそうとしたりする脳を統合する重要な部分です。視床はものを見たり、聞いたり、触ったりした感覚を大脳へ中継する重要なポイントです。海馬は記憶をつかさどっています。扁桃体はストレスや不安を感じるところですが、好き嫌いといった情動の源といわれています。視床下部は自律神経、ホルモンなどの内分泌系の中枢。小脳も運動をコントロールするだけでなく、知覚情報の統合、情動の制御が行われています。まさに脳全体を刺激しているといえます。
 青斑核は、脳自身を覚醒させ、注意を喚起させていますが、それだけではありません。交感神経が興奮するとき(闘うときに、心臓がドキドキしたり、血圧を上げたりする)の中枢でもあると考えられています。
 これまで、青斑核はおもに延髄吻側腹外側野(えんずいふんそくふくがいそくや)によって刺激されるとされてきました。延髄吻側腹外側野を刺激するのは体の中のさまざまな感覚です。たとえば、眠くなったとき太ももをつねったり、顔を叩いたりすると、その刺激が延髄吻側腹側外野を介して青斑核を刺激し、脳が覚醒するとされています。
 こんな経験はありませんか。ちょっとぼーっと運転をしていて、横から車が出てきました。
 ヒヤッとしたその瞬間、まぶたがカッと見開いて、体に力が入り、心臓もドキドキしてきます。こうして、脳が一気に覚醒し、なんとか危険をまぬがれたという経験です。
 もし、こうした危機的な状態のときに反応する青斑核が、太ももをつねって痛みを出すこと以外に刺激できないとすれば、危機状態を回避することはできなかったでしょう。
 わたしたちは、危機に直面したとき、まぶたをカッと見開きます。すると、ミュラー筋のセンサーが引っ張られ、固有知覚を出て青斑核を刺激するので、脳がぱっと覚醒して、また、交感神経を緊張させることができるのだと松尾教授は考えています。
 そして、このような突然のできごとだけでなく、まぶたをあけて、ミュラー筋のセンサーを伸ばし、固有知覚を出して、青斑核を刺激していると松尾教授は考えているのです。
 じつは、固有知覚が、脳に伝わる方法が特別なのです。脳に刺激が伝わるには、2つの方法があります。電線がつながっていて電流が流れるように伝わるものと、もうひとつは透明な水に色の付いた水滴を一滴落とすと、みるみる透明な水に色がついていきますが、このような伝わり方です。
 固有知覚は青斑核を刺激するとき、一滴の色水で水の色が一気に変わるような形で刺激していると考えられています。つまり、青班核に一気に刺激が広がり、危機的状況から逃れることができるのです。
 車の運転とは別の例ですが、人は死にそうになったとき、眼球を上向けて極限までまぶたをあけます。これを眼球上転発作と呼ばれています。これは、極限までまぶたをあけることで青斑核を刺激して、覚醒と交感神経緊張状態を取り戻そうとしているためと考えられます。その状態で亡くなったとき、医師は、手で患者さんのまぶたと眼球を下げて「ご臨終です」と宣告します。
 これらは極限状態の話ですが、ふだんのわたしたちの生活で思い出してみてください。
 わたしたちはなにかに挑むとき、目を見開いてにらみつけます。逆に休むときは目をみるでしょう。難問に取り組むとき、目を見開いてうなるでしょう。眠気を覚まし、気合を入れるときに、まぶたをゴシゴシこすって目をパッチリあけます。それらの行為は、まぶたをこすることでミュラー筋のセンサーをひっぱり、固有知覚を出し、それによって青斑核を刺激して、覚醒して交感神経を緊張させ、難問に対処するために行っているというわけです。
 まぶたは単なる目のドアではなくて、あけたりこすったりすることで入る脳のスイッチです。まぶたをこすることで青斑核を刺激し、脳にスイッチを入れているのです。
 まぶたが単に目のふたでなく、本当にいろいろな働きをしていることがわかりました。もっとまぶたに注目してもらいたいと思います。
 このまぶたに関して、世界ではじめて書かれた本があります。
 まぶたの研究者である、信州大学の松尾清教授が書いた『まぶたで健康革命』という本です。興味を持たれた方はぜひお読みください。