鈍感ではいけない

 作家の渡辺淳一は医者である。いまは医療行為をしていないだろうが、かつては病気に苦しむ患者を見る医者だった。病気で苦しんでいる人にとって、医者は救いのはずである。その医者が鈍感でいいのだろうか。彼は本当に医者だったのだろうか。
 わたしの尊敬する医者は、患者が診察室に入ってきたときから観察を始め、歩いてくる姿、顔色、場合によってはにおいまで敏感に反応し、その人の異常を発見しようとつとめていた。
 彼は、昔ながらの診察を大事にした。聴診器で体の中の音を聞くのは当然のこと、まぶたを広げて充血具合を見、さらに触診をしながら、臓器に触れ、異常を見つけようとした。
 一度おなかの触診の仕方を教わったが、簡単なものではなかった。経験がものをいうが、一方で、耳、目、皮膚感覚を鍛え、どんな細かい兆候を見逃すまいと細心の注意を払うことの大切さをいつも語っていた。鈍感とは、まったく正反対の考えであり、態度である。少なくとも、医者は鈍感であって、ほしくない。政治家もそう。人々の苦しみ、痛みに鈍感な人が政治をしているなんて、思いたくもない。
 いまの医療は、血液検査、画像診断と、ほとんど機械に頼って診察しているが、やはり、人を見る、診ることが大切だと思う。体に触ることで、その人が感じている痛みの程度、精神状態をわかるといっていたが、まさにその通り。
 医者が体に触らなくなって、医療不信がふえてきたような気がするが、どうだろう。