ツボか、ツブか、どちらかよく聞き取れなかったけど
昨日、稲刈りもいよいよ最終日。
雨が降るという天気予報だったので、急いで稲を刈る。刈った稲を稲架に掛けていく。
稲架のことをこの付近ではウシという。田んぼにウシを立て、稲を掛ける。
ウシに使うのは、できるだけまっすぐな木がいい。これをウシの足という。ウシの足を斜交いにかけて、支えの足をつける。この上に竹を渡して、ウシは完成。ここに稲を掛けていく。
いま師匠のところでウシの足に使っているのは、天日干しをやめてしまった農家からいただいたもの。すでに、もう何十年と使い込まれ、この足をみているだけでも味わいがある。
牛も木ではなくなり、鉄パイプを使う人がふえてきた。足を立てるのには多少技術がいるが、鉄パイプのものは非常に簡単に立てられる。みな鉄パイプを使うようになるのは無理はない。しかし、木の牛のほうがいいな。
そんなことを思いつつ、朝日から原稿の直しを考えながら、稲刈りをした。
稲をほとんど掛け終わったころ、農道に1台の車が止まった。おばあさんとおじいさんが降りてきて、「ツボはないかね」と聞く。私が怪訝な顔をしていると、師匠がそこの田んぼにいるよ、うちの田んぼにはたくさんいるから、とっていいよと答えた。
ツボって何? と聞くと、タニシことらしい。田んぼに水を引き込むところに、板を立てて調節しているのだが、その板にびっしりと付くという。
タニシは、田んぼにとっていい生き物なの? とさらに聞くと、良くも悪くもないね、とさらりという。
虫を食べてくれるいい生き物、稲を荒らす悪い生き物、稲熱病を起こす細菌など、いろいろな生き物がいるが、師匠は「悪いこともしない、かといっていいこともしない、そんな生き物がいる田んぼがいい田んぼなのだ」という。
深い言葉だな、いい悪いだけで判断してはいけない。そんな尺度だけで生きているのはよくない。勝ち組、負け組などという言葉を思い出した。
田んぼは、実にいろいろなことを教えてくれる。そんな稲刈りだった。