お母さんが医師や病院を動かした

 前回、この会の活動を簡単に紹介しましたが、今回を少し取材も加え、新たに書き直してみました。この内容をFM八ヶ岳でも紹介します。
 柏原病院小児科を守る会の話
1患者たちが病院を変えた
 兵庫県丹波市兵庫県立柏原病院があります。昨年、4月に柏原病院の小児科を守る会が生まれました。医師はふえているのに、医師不足が問題になっている、おかしな状況があります。ご存じのように北杜市には、常勤の小児科医はいません。
 兵庫県立柏原病院でも一昨年まで小児科医が3人いたのですが、ひとり減り、さらにそのうちのひとりが院長になり、小児科の常勤医がひとりになってしまいました。当然、診療体制を維持することがむずかしくなって、受診を制限するしかありません。そのために、診療所からの紹介状がなければ、診察を受けるのがむずかしいようにしました。簡単に病院にこないでほしい、さらに診療所と病院の役割を分けることで活路を求めようとしたわけです。
 ところが、患者さんには十分にそれが伝わらなかった。ぜん息のこどもを持つお母さんは、紹介状の意味がわからない。柏原病院の先生がかかりつけのお医者さんなのにというわけです。
 20代から30代のお母さんが集まり、勉強をはじめました。どうしてこういう状況になるのか。病院で何が起こっているのか。そして、深刻な医師不足がわかったのです。当直をした医師が、翌日も働き続け、しかも夜まで働くもある。
 これでは、医師も疲れ果ててしまう。ひとりだけ残った小児科の常勤医も退職を考えていることもわかりました。
 そんな状況を打開すべく、小児科を守る会が結成されたのです。当初のメンバーは13人。市長にあったり、県会議員に相談したり、活動をはじめました。
 そして、医師の確保するために、自分たちで署名運動をスタート。と同時に、自分たちも簡単に受診するコンビニ受診を控えようと、署名用紙の裏に、「軽症でもすぐに病院に行く『コンビニ受診』を控えよう」と呼びかけました。
 署名はわずか1ヵ月で5万5千人分(55366筆)が集まりました。
 しかし、これを提出したからすぐに医師の確保ができたわけではありません。6月に県庁に署名を届け、医師の確保を依頼しましたが、努力をしているが常勤医を派遣することがむずかしいといわれ、さらに県が柏原病院などの医療情勢を正確に知っていないことに愕然とした。すべて来年4月以降といわれ、がっかりしました。
 ここからえらいのですが、お母さんたちはあきらめなかった。医師が確保できないならなおさら、簡単に医者に行かないですむように、もっと勉強をしようと、節度のある受診を心がけようと活動を再開しました。
 子どもを守ろう、お医者さんを守ろう、というスローガンを立てて。
 医師に感謝の気持ちを伝えるとともに、簡単に医者にかからないようにしよう啓発のビラを配り、そして、どういうときに病院に行ったほうがいいかというチャートもつくりました。これを保健師の協力を得て、乳児健診などで配布しました。10月のことです。
 このチャートは柏原病院の小児科の医師の協力を得てつくったものですが、なかなかよくできています。
 熱が出た、せきが出る、吐いた、下痢、いつもと様子が違うという5項目にまとめられています。
 ちょっと紹介しておきます。

2どんなときに病院に行ったらいいのか
 あくまでも子どもの場合です。
 まず、発熱。発熱は体の負担になりますが、防衛反応のひとつとあります。ウイルスや細菌に感染すると熱が出ます。これは体に入り込んだウイルスや細菌をやっつけようとしている状態です。熱を出してウイルスや細菌の活動を抑えようとしているのです。平熱との差が1度未満で、全身の状態が良好であれば心配はいりません。
 熱があってもあわてないで、いっています。子どもの病気は、待ったなしですし、親もついついあわててしまいます。冷静になって、観察しましょう。これが大切。
 平熱より1度以上高く、時間(30分)をおいても下がらないなら発熱といえます。ふだんから体温を測り、平熱を知っておくことが大切です。赤ちゃんは体温調節が未熟なために、部屋の温度や洋服の着せ方によって体温が上がることもあります。
 発熱でいちばん怖い病気の代表が『髄膜炎』。
 発熱+嘔吐+頭痛(赤ちゃんなら不機嫌・不活発)この3つがそろうと髄膜炎の可能性があります。髄膜炎になると、頭や首筋が痛くて首が前に曲がらなくなります。ですから、あごが胸にくっつくほど下を向いて、お気に入りのおもちゃで遊べたら、まずは安心です。といっても、生後早期の赤ちゃんの場合、電話相談や早期の受診が必要です。
 ここで、電話相談が出てきましたので、それについて説明しておきます。救急の電話相談は山梨県でも受け付けています。番号は局番なしの#8000。時間帯は夜の7時から11時まで。発熱、下痢、嘔吐、引きつけなど、子どもの急な病気の相談です。育児相談ではありません。毎日、日曜日も関係なく、午後7時から11時までです。明らかに救急を要する場合はもちろん110番です。
 相談にのってくれるのは、小児医療に精通した看護師さんです。
 山梨県の医務課に聞いてみました。このシステムは昨年8月からはじまっているのですが、1日の平均の利用者数は4件ほど。県の担当者はもっと活用してほしいといっています。利用者がふえてくれば、相談員の数もふやしたいといっていました。
 夜の間ずっと相談できるわけではないのですが、これに対しては全国規模で対応しようと厚生労働省が考えているそうです。もっと、利用者がふえてくればその可能性もないわけではありません。
 子どもの命を守るために、本当に重症な人が受けられるようにする、これが大切です。何かわからないことがあれば、ぜひ相談してみてください。
 さて、発熱の続きですが、1回目の体温測定後、適切な室温、衣服を確認して、30分後にもう一度測って、熱が下がれば様子をみる。37.5度以上38度未満で、発熱以外は変わらない(機嫌、活気、哺乳力も普通で、顔色もよく、まわりに興味がある)ときは、診療時間内にかかりつけの医院を受診する。診療時間外に症状が悪化すれば電話相談か夜間休日診療所へ。
 機嫌が悪い、いつもと違う、という場合は、まずかかりつけ医へ。診療時間以外なら、電話相談を。もちろん、ほかの症状などもあわせて確認をしましょうと、日ごろからこのチャートをじっくり見ているだけでも役に立つ情報がたくさん入っています。
 同じ紙面の上のほうには、顔面不良(顔面蒼白、チアノーゼ)で、呼吸も弱い、意識がない、言動がおかしいし、視線も合わない、5分以上けいれんが続くなどのときは救急車を呼んでください、と本当によくできています。
 これもお母さん方が自分の子どものことを考えながら情報を集めたから、微に入り細にいり症状別にできたのだと思います。

3成果は徐々に現れた
 病院にかかったほうがいいか、それとも様子をみていてもいいのか、といったチャートをつくったりした結果、病院への急患の数に変化が現れました。昨年の8月から11月までの柏原病院に救急できた子どもの数は、212人。これは前年と比較すると、半分以下に減っていました。しかし、入院した患者の数はほぼ同数。これは、救急でくる患者のなかでも緊急性が高い子どもがきていることを意味していると思われます。
 さらに、簡単に病院に行くコンビニ受診をやめようという取り組みや、自分たちで受診チャートをつくるなど小児科を守る会の活動は、医師の間でも話題になり、評判が高くなっていった。
 10月から週に1回の夜間当直を神戸大学の小児科医が勤めるようになったが、これをやろうという医師が20人以上も手を挙げたという。住民運動が、医師を動かしたのです。
 そして、実際に夜間当直をした医師は、「軽症患者が少なく、手をかけるべき子どもに集中できる。こういう地域で働けたら、いいと思う」と述べています。
 そして、住民の理解に支えられている病院があることは希望になる、と述懐しています。
 今年になってホームページを立ち上げたところ、小児科以外に勤務医、開業医からも激励のメッセージがたくさん届いているそうです。
 厚生労働大臣の舛添さんからも、「これこそが、 地域医療の崩壊をくいとめる住民からの大きな運動だと、 尊敬申し上げます。私も厚生労働大臣として、医療体制の再構築に努力していますが、このような運動が各地に広がるように、私もがんばります。 産科、小児科の現状は危機的です」とし、「機会があれば、 柏原病院お貴会の視察にも出かけたいと思っています」 と結び、 柏原病院小児科の酒井國安院長、 和久祥三医師にこのメールを転送してほしい旨が記されていたといいます。
 一時期、退職を考えていた小児科の常勤医も会の活動に感激し、退職を取りやめました。
 柏原病院で働きたいという医師も現れ、4月には若手小児科医がふたりやってくるといいます。
 この会の会長さんは、「行政に動いてもらうだけではなく、わたしたち自身も変わり、動かなくてはいけないし、医師と患者がお互いに思いやりを持つことが大切」といいます。
 この会の特徴のひとつは、医師に感謝の気持ちをもつといっていることです。感謝されて悪い気になる人はいないでしょう。こうした配慮も医師を動かしたのだと思います。