前三三 後三三

 義父が持っていた(拝んでいたと書くほうが正しいのだろうが、拝んでいたのを見たことがなかったので)先祖のお位牌を、田舎の菩提寺に納めに行った。
 往復に京都を通る。どうせなら、京都に泊まろうということになり、2年ぶりに京都を訪ねた。
 あちこちの店で、いろいろな書に出会った。
 まずは、祇園でお茶を飲んでいるとき、「一書一顔」と書かれた本が置いてあり、何気なく手に取ってみると、高橋英樹とある。あの、高橋英樹の書の本である。なんでも個展を開いたときに配ったもので、非売品だそうだ。
 彼がその店を気に入り、本を置いていったのだという。
 書の数々が納められていたが、ひとつひとつがなかなかいい。先生について習ったとある。
 独特のかすれ、字の大きさ、バランス、それぞれがきちんと構成されている。書き続けていれば、もっといいもの、きっと高橋英樹の書になっていくだろうと思わせた。
 夕食を食べにいったフランス料理店の壁に、これまたすごい書があった。
 一見しては読めない。もう一度じっくり見ても読めない。ちょっと抽象画のようだ。
 聞くと、「前三三 後三三」と書いてあるそうだ。
 お店の人は、「前に三歩、後ろに三歩、行くともとに戻ります。初心忘るべからずというものだと思っています」という。
 調べると、仏教問答で、人の信仰は数で表すことができないというような意味のらしい。
 この書のすごいのは、広がりと奥行きのあること。すべての文字が、横、縦に、さらに奥に広がっている。勢いがあるといってしまえば、それだけだが、勢いもあるが、広がりがある。
 甲斐さんという女性のものと聞いたが、この人の作品を全て見てみたい。
 いや、京都は奥が深い。フランス料理店で、こんなすばらしい作品で出会えるとは思わなかった。