地域医療をみんなで考える

1公民館が人であふれた
 8月6日に北杜市大泉町で、わたしたち北杜市の医療を考える会が開催した、地域医療を住民もいっしょになって考えようという内容の講演会の報告をします。
 講演会のタイトルは、「いっしょに考えよう わたしたちが求める地域医療」、サブタイトルは「みんなで守る、みんなでつくる、みんなで育てる」です。みんなで守る、みんなでつくる、みんなで育てるというサブタイトルに注目してください。地域医療の担い手は、医療従事者だけでなく、住民も加わってこそ生きるものだと思っています。その第一歩。
 平日の夕方6時半開演という、悪条件にかかわらず、名簿に名前を書いてくれた人だけでも125名、名簿に記入してくれなかった人を含めると142名の人たちが集まり、講演会は大盛況でした。地元の公民館のようなところで行ったのですが、ホールに人が入りきらないような状態でした。
 まず、わたしたちの住む北杜市の医療の現況について。
講演をしてくれたのは、北杜市明野でほくと診療所を開業している中嶋克仁先生。日常の診察に加え、在宅訪問診療(往診)に力を入れています。また、常勤の内科医がやめてしまったために、医師不足に陥った市立甲陽病院で、市内で開業されている4人の先生が助っ人として診察に当たっていますが、中嶋先生もそのおひとり。
 北杜市の医療状況でまずいえることは、病院が少ないこと。これは入院できる病院のベッドの数からいえます。隣の韮崎市は32000人の人口ですが、ベッド数は473、北杜市は49000人の人口でベッドの数は230しかありません。これは亡くなる人がどこで亡くなっているかという数字にも表れています。
 自宅で亡くなる人、これには自宅と特別養護老人ホームなど施設で亡くなる人が含まれますが、全国平均が約13%。この内訳は、自宅そのもので亡くなる人が10%、施設が3%といわれています。
 北杜市では、この自宅の亡くなる人の中で、施設で亡くなる人が10%と高い。病院で亡くなる人が多いが、施設でも亡くなっている人が結構いるということです。病院のベッドが少ないからともいえます。全国平均と北杜市では亡くなる人の数がまったく違いますから、一概にはいえませんが。
 しかし、見方を変えれば、病院のベッドは少ないが、施設にあるベッドは多い。施設そのものの数が多いのです。特別養護老人ホームのような施設は北杜市には7つもありますが、韮崎市には2つしかありません。
 こうした特別養護老人ホームなどの施設が多いというのが北杜市の特徴です。大型の施設以外にも、デイサービスなどをしている施設もかなりあります。
 北杜市は、8つの町村が合併してできたのですが、段上といわれる、小渕沢、長坂、大泉、高根の地域には、市立病院がひとつあり、クリニックや診療所はありますが、訪問診療をしている医師はいません。段下にはもう一つの市立病院があり、訪問診療をしている開業医の先生もそろっています。そうした医療環境です。

2小さな病院になぜ医者が集まるのか
 次は、地域で求められる医療と題して、富士見高原病院副院長の矢澤正信先生の講演です。
「遠くの親戚より近くの高原病院」をモットーに長野県諏訪郡富士見町に開設されて85年の実績がある富士見高原病院。長野県にありますが、北杜市と隣接し、患者の25%は北杜市民です。現在、診療科は19、常勤医は研修医を含み27名。3つの老人保健施設、2つの診療所、2つの訪問看護ステーション、1つのグループホーム、院内に保育所を持つ総合病院です。病院の規模としては、病院のベッド数は149床ですから、それほど大きな病院ではありません。常勤医が27名というのは、たいへんな医師の数といえます。北杜市立甲陽病院は126床ですが、常勤医は6名しかいません。診療科も19もあるのは、甲府の大きな病院クラス。北杜市全体でも市立病院の常勤医、開業を合わせて25、6名の医師しかいません。
 どのようにしてこのような陣容を持つに至ったか、市民との関係、また、北杜市への取り組みなどを通して、地域医療に関する考え方を、お聞きしました。
 矢澤先生は、地域で求められる医療とは、地域を支えていく、大きな礎となるものといいます。地域には、それぞれ文化や伝統があり、生活をしていくために仕事があり、もちろん、安全で暮らしやすいために治安も必要です。医療や福祉は、これらの基盤となります。
 病気やけがの治療だけでなく、病気の予防や住民の健康管理をしていく責務があります。病気をただ見るだけでなく、どうすれば悪くしないですむか、病気にかからないために何をしたらいいのか、それを住民にわかってもらうこと、これが地域医療には欠かせない。高度な医療が必要になった場合の橋渡しをしなければなりません。
 大切なことは、住民が安心して暮らしていくための、「安心感の砦」にならなければいけない。さらに、人生の「幕引きの支援」といいますか、地域で暮らし、地域で亡くなるわけですから、患者さんが亡くなるときにも、役に立つようになりたい。これも地域医療の重要な役割です。
 病気を治すだけでなく、病気の人と寄り添っていく、場合によって元気を出してもらう。効率が問題にされますが、地域医療ではそれではだめなのです。
 地域医療は、病気を治すだけでなく、広く患者の生活の支援という面が必要だというわけです。
 地域で生まれ、だんだんと大きくなり、学校へ通い、就職をし、結婚をして子どもを育て、歳をとり、病気をし、亡くなっていく。こうした人生自体を支えていかなければいけないのが地域医療だと思っていると述べていました。
 富士見高原病院は、当初結核をみるサナトリウムとしてスタートします。結核患者が少なくなり、診療所として再スタート。のちに長野厚生連の傘下に入り、総合病院を目指します。
 あくまでも、地域住民に役立つように診療科もふやし、現状にいたります。
 地域住民とのかかわりのひとつとして、平成12年より毎年開催している「病院祭」があります。病院祭は、病院の内外の施設を使って、地域住民にきていただき、病院内では簡単な健康診断を行ったり、1日に食べたほうがいい野菜の量を示す食事の指導をしたり、体重や血圧を測ったり、内視鏡のレンズを使っていろいろなものを見てもらったり、病院らしいこともやりますが、一方外では職員が屋台でたこ焼きや焼きそばをつくったりします。院長は、大阪の出身なので、たこ焼きを屋台で焼くそうです。病院祭は富士見町の3大祭りにまでになりました。
 また、住民といっしょになって、生と死を考える住民の会を開催したりしていました。
 院内システムのIT化も行い、今年には電子カルテに移行しました。
 医師を確保するために、研修医制度が変わることを知り、病院として平成16年に管理型医師臨床研修病院としての資格もとっています。
 医師にも各種医学会の教育認定資格をとることを奨励し、専門医でなおかつ教育の資格を持っている医師がかなりいます。専門的な教育を受けた医師がいることが、研修医にとって魅力のひとつになります。
 これが重要です。いち早く先を読んで、研修医制度が変わることがわかれば、研修医を呼び込むための努力をしています。また、専門医を育てるのも同様。医師を招へいするための努力を欠かさなかったのです。
 病院には、退院後の相談などにのってくれるソーシャルワーカーが4人もいて、医師や看護師が自分たちの仕事に専念できるようになっています。
 からだ教室という勉強会を毎月開いています。健康管理に役立つ情報の提供ですが、医師のいったことを住民がどのくらい理解しているかも把握できますし、からだ教室の担当になると、医師は住民にわかりやすく、病気のことや予防法を説明しなければなりません。このように住民に説明することで、医師がより住民に近い思いを持つことができるようになれるそうです。
 いままでからだ教室で取り上げてきた内容は、動脈硬化新型インフルエンザ、糖尿病になぜ甘いものはだめなのかなどです。
 富士見高原病院は、地域救急医療を支える病院です。救急医療を支えるには、医師が必要なのですが、当直、日直など、実際に治療に当たる医師を含め、それ以外に、医師が足りなくなったときや専門的な診断が必要になったときのために、自宅で救急に対応する医師を拘束する必要があります。そのために、いまの人数ぐらいの医師がいなければできません。また、ベッドも確保しなければできません。
 病院のモットーである「遠くの親戚より近くの高原病院」を実現しようと日ごろから努力しています。
 ちなみに「遠くの親戚より近くの高原病院」というモットーは、井上憲昭院長に聞いたことがあります。井上院長が東京に出張していたとき、中央線で富士見に帰る途中、高円寺あたりで見かけた質屋の看板がきっかけとのこと。それを病院のモットーにしようと考えた井上院長が面白い。しかも、このモットーは生きている。

3医療と介護が結びついてこそ安心できる
 市民の中から、介護と医療の連携などについて質問がありました。
富士見高原病院では、介護職の人が病院の中に入り、患者さんに接しているし、ソーシャルワーカーが介護との連携を担当しているとのこと。
 病院と診療所の連携は、富士見高原病院ではなかなか進んでいないそうです。
 これは北杜市のほうが進んでいます。甲陽病院では、開業の先生方が診察しています。また、病院の訪問看護ステーションと開業医の連携があります。
 最後に牧丘病院の古屋聡院長がとてもいい話をしてくださいました。
 北杜市の医療の特徴は、中嶋先生もおっしゃっていましたが、施設が多いことです。また、デイサービスのような小さな施設もたくさんあります。ここで診療をしていて(古屋先生は週に1回ほくと診療所で診察しています)、介護職の人たちとも接する機会があります。みなさんものすごくやる気があります。地域医療の中でも、訪問診療は生活の場で患者さんを診ていきます。わざわざ診療所にこなくてもすみますし、患者さんにとっても、とてもいいことです。
 しかし、この訪問診療を支えてくれるのは、病院に急性期のベッドがあることです。患者さんの病状の突然の変化、また、ここを少し病院で診たほうがいいというときに必要なのが病院です。病院があるから、安心して訪問診療も介護もできる。診療所にとっても連携できる病院が必要です。
 そのために、病院を守ってほしい。近くの病院を信じてほしい。
かかってみると、こんなことができるという実感が生まれるはずです。地域の病院は、初期診療の拠点になります。ぜひ信じていってみてください。

 とてもいい講演会になりました。
 聞きにきてくれた人々、矢澤先生、中嶋先生、本当にありがとうございました。
 また、こうした講演会をしたいと思っています。