わたしたちにできること

住民にできることは何か
1講演会後日談
 前回、講演会の内容をご報告させていただきました。
 後日談というほど、大げさなものではないのですが、参加してくれたお医者さんで、塩川病院院長の都倉先生にご挨拶にお伺いしました。ちょうどそのとき、同じように講演会の当日に参加してくれた牧丘病院院長の古屋先生もいらしていて、みんなでいろいろ話をしました。
 地域医療について富士見高原病院の取り組みを紹介しましたが、塩川病院も結構がんばっています。地域医療科という科もありますし、往診もしているそうです。
 じつは、古屋先生が講演会の最後を締めくくるようないいお話をしてくれたので、終演の時間もあり、終わりにしてしまったのですが、都倉先生にお話ししていただこうと思っていましたが、それができませんでした。
 都倉先生は、地域医療はまさに地域に根差しているわけですから、住民と長いつきあいが大切だといいます。
 そして、先生は、学校で教わってこなかったこと、大事なことを患者さんに教わったとおっしゃっていました。
 長いつきあいの中から、患者から医師も学んでいく。こういう姿勢がいいですね、これも大切ですね。医師も学ぶ、そして患者も学ぶ。
 たまたま古屋先生は医学生を連れていました。都倉先生とわたしたちの話し合いを聞いていたので、古屋先生にその感想をいいなさいといわれ、住民と医師が同じ土壌で意見交換をしているのがとてもよかったといっていました。院長と住民が垣根を越えて率直に話し合う。これがよかったのですね。地域医療を目指している医学生もいます。こういう医師がきてくれるといいですね。
 いずれ都倉先生やほかのお医者さんにも、いろいろお話してもらおうと思っています。

2患者にできること
 じつは、講演会でも患者にできることとして紹介したのは、兵庫県柏原病院の、小児科を守る会の働きです。
 この小児科を守る会のことは、FM八ヶ岳でも2008年にとりあげました。
 そのときの放送用レジメがあります。住民にできることとして、どうしてももう一度紹介したい。
 兵庫県立柏原病院でも2007年まで小児科医が3人いたのですが、ひとり減り、さらにそのうちのひとりが院長になり、小児科医がひとりになってしまいました。当然、診療体制を維持することがむずかしくなって、受診を制限するしかありません。そのために、診療所からの紹介状がなければ、診察を受けるのがむずかしいようにしました。簡単に病院にこないでほしい、さらに診療所と病院の役割を分けることで活路を求めようとしたわけです。
 ところが、患者さんには十分にそれが伝わらなかった。ぜん息のこどもを持つお母さんは、紹介状の意味がわからない。柏原病院の先生がかかりつけのお医者さんなのにというわけです。
 20代から30代のお母さんが集まり、勉強をはじめました。どうしてこういう状況になるのか。病院で何が起こっているのか。そして、深刻な医師不足がわかったのです。当直をした医師が、翌日も働き続け、しかも夜まで働くもある。これでは、医師も疲れ果ててしまう。
 ひとりだけ残った小児科の常勤医も退職を考えていることもわかりました。
 そんな状況を打開すべく、小児科を守る会が結成されたのです。当初のメンバーは13人。市長に会ったり、県会議員に相談したり、活動をはじめました。
 そして、医師の確保するために、自分たちで署名運動をスタート。と同時に、自分たちも簡単に受診するコンビニ受診を控えようと、署名用紙の裏に、「軽症でもすぐに病院に行く『コンビニ受診』を控えよう」と呼びかけました。
 署名はわずか1ヵ月で5万5千人分(55366筆)が集まりました。
 しかし、これを提出したからといって、すぐに医師の確保ができたわけではありません。6月に県庁に署名を届け、医師の確保を依頼しましたが、県のほうも努力をしているが常勤医を派遣することがむずかしいといわれ、さらに県が柏原病院などの医療情勢を正確に知っていないことに愕然とした。お役所の仕事ですから、すべて来年4月以降といわれて、がっかりしました。
 ここからえらいのですが、お母さんたちはあきらめなかった。医師が確保できないならなおさら、簡単に医者に行かないですむように、もっと勉強をしようと、節度のある受診を心がけようと活動を再開しました。
 そしてこれから、子どもを守ろう、お医者さんを守ろう、というスローガンを立てます。
 医師に感謝の気持ちを伝えるとともに、簡単に医者にかからないようにしよう啓発のビラを配り、どういうときに病院に行ったほうがいいかというチャートもつくりをはじめました。できあがったチャート保健師の協力を得て、乳児健診などで配布しました。10月のことです。
 このチャートは柏原病院の小児科の医師の協力を得てつくったものですが、なかなかよくできています。
熱が出た、せきが出る、吐いた、下痢、いつもと様子が違うという5項目にまとめられていて、こういうときにはすぐに病院に行ったほうがいい、もう少し様子を見て、翌日の診察時間に行きましょうと案内される。昔なら、お年寄りがいて、子どものことも相談できましたが、核家族化が進んで若いお母さんにはなかなか判断ができません。若いお母さんの助けになったと思います。

3成果は徐々に現れた
病院にかかったほうがいいか、それとも様子をみていてもいいのか、といったチャートをつくったりした結果、病院への急患の数に変化が現れました。前年の8月からその年の11月までの柏原病院に救急できた子どもの数は、212人。これはさらにその前年と比較すると、半分以下に減っていました。しかし、入院した患者の数はほぼ同数。これは、救急でくる患者のなかでも緊急性が高い子どもがきていることを意味していると思われます。
さらに、簡単に病院に行くコンビニ受診をやめようという取り組みや、自分たちでチャートをつくるなど小児科を守る会の活動は、医師の間でも話題になり、評判が高くなっていきました。
週に1回の夜間当直を神戸大学の小児科医が勤めるようになったが、これをやろうという医師が20人以上も手を挙げたといいます。住民運動が、医師を動かしたのです。
そして、実際に夜間当直をした医師は、「軽症患者が少なく、手をかけるべき子どもに集中できる。こういう地域で働けたら、いいと思う」と述べています。
そして、住民の理解に支えられている病院があることは希望になる、と述懐しています。
2008年になってホームページを立ち上げたところ、小児科以外に勤務医、開業医からも激励のメッセージがたくさん届いているそうです。
一時期、退職を考えていた小児科の常勤医も会の活動に感激し、退職を取りやめました。
柏原病院で働きたいという医師も現れ、4月には若手小児科医がふたりやってくるといいます。
そして、現在ですが、柏原病院の小児科には、小児科の一般診療には5名の小児科医が携わり、そのほか、アレルギー、神経、内分泌、発達障害、慢性疾患、ワクチンなどの科も設け、それぞれ医師がいます。
この会の会長さんは、「行政に動いてもらうだけではなく、わたしたち自身も変わり、動かなくてはいけないし、医師と患者がお互いに思いやりを持つことが大切」といいます。
この会の特徴のひとつは、医師に感謝の気持ちをもつといっていることです。この感謝の気持ちがたいへん重要です。がんばっている医師に感謝の気持ちを伝える、こうした住民の配慮も医師を動かしたのだと思います。
県立病院のホームページには、小児科を守る会のお母さん方に感謝するということが書かれています。相互作用ですね。
こういう行動が住民にできることで、必要なのではないでしょうか。
医師だけでなく、看護師、医療従事者に感謝すること、地域医療を守る住民にできることのひとつでしょう。