患者の気持ちをわかって

子どもがまだ小学生のころ、学校に山歩きの会というのがあった。近郊の山々を子どもと親がいっしょになって登ろうという趣旨の会である。
カミさんの友人が参加していて、わたしも誘われ、確か丹沢だったと思うが子どもたちにまじって行ってみた。
子どもたちは同じ学年が多かったが、年上の子も年下の子もいた。小学生の子どもを持っているので、親は、ほとんど同世代だった。
同世代の人たちだけに、うちとけるのにそれほど時間はかからなかった。仕事にまったく関係ない人の集まりということが本当に気軽だった。
そのうちに自然と親しくなり、お互いの家に行き来したり、ちょっと外で飲んだりする仲間もできた。
なかで、小さいながら会社を経営している人がいた。わたしも当時会社を経営していたので、なんとなく話が合い、それぞれの夫婦だけで誘いあわせてよく飲んだりした。
いま住んでいるところに何回か遊びにきている。
彼ががんになった。すい臓がん。すでにかなり進行していた。
経営していた会社は、東日本大震災のあおりをくらい、廃業に追い込まれようとしていた。
彼は、自己破産をすることにし、手続きを進めていた。
長年苦労してきた仕事を失い、さらにがんという診断を受け、さぞかしつらい日々だったろう。
何とか立ち向かおうと、がん治療の専門病院へ通った。
しかし、手術のできない、末期のがんには抗がん剤の治療しかない。
早々に、最期をどうするのか、ホスピスに入るか、自宅で過ごすか、医師に決断を迫られたという。
その病院には、ホスピスはなく、早く手を打っておかないと入所がむずかしい。
がんと闘おう、生き抜きたいと思っていた彼にとって、医師の言葉は死の宣告だった。
確かに末期のがんで有効な治療法はないのだろうが、もう少し患者の身になったいい方はなかったのだろうか。
彼と話していて、がん専門病院の院長とのやり取りを思い出した。病気には興味はあるが、病人には興味はない、とはっきりいっていた。治る患者には関心があるが、治らない患者には関心がない。
彼から聞いたことを考慮しながら、がん患者に対する医師の対応について、自著『民間療法のウソとホント』に少し書いた。
残念ながら、出版前に彼は亡くなってしまった。
本を送ろうと考えているうちに、彼の息子さんが書店でわたしの本を見つけ、購入して読み、そこに書かれているエピソードが父のことだと、お母さんに渡したらしい。
そして、先日電話がかかってきた。
「主人やわたしが思っていたことを取り上げていただき、ありがとうございます。いろいろ心配して、アドバイスをいただき、そのとき蒲谷さんもがんかもしれなかったんですね」
たいへん喜んでくれ、わたしのことも心配してくれた。
患者の気持ちが医師に伝わっていない。患者の気持ちをわかってくれない。それをきちんと書いてくれて、主人も本望だと思うといってくれた。
うれしかった。
これからの患者の目線で本を書きつづけていきたい。