効かないはずなのに、なぜよくなるのか

民間療法の効果を語るときによく使われるのが「プラセボ」という言葉です。プラシーボといういい方もあります。
プラセボとは、偽薬をさします。
薬に限りませんが、その効果を調べるときに、効果がある(と思われる)ものと、表面上、つまり見た感じではまったく区別がつかないものを用意して、それぞれの効果を確かめていきます。
どちらに効果があるのか、試験を行う人にもわからないようにして実験をします。これを二重盲検法といいます。
効果のあるなしを知っていると、与えるときにそれが現れるといわれているからです。これは効かないのになあと思って、与えられたらわかるかもしれません。
そして、効果があるものとまったく区別がつかないものを、薬の場合「偽薬」といい、これをプラセボと専門的にいいます。
興味深いことに実験をしていくと、効果がないはずなのに、効果を発揮する場合があるのです。これをプラセボ効果といいます。
偽物効果といいますが、不思議なことにどんな偽物でも効果があるのです。
本当に効果があると思っている中にも、偽物効果があり、それをできるだけ除外しようとしています。
二重盲検法プラセボ効果を除外する方法のひとつです。


民間療法のほとんどは、このプラセボ効果だという学者がいます。
まったく効果を認めない発言ですが、多くの民間療法が成分分析をはじめ、動物実験、人での実験など、さまざまな効果の検証が行われていないために、なかなか反論ができません。
治ったという人の体験もひとつの検証になりますが、科学的検証のレベルでいうと、これはかなり低いところに位置しています。


プラセボ効果についてもう少しふれておきましょう。
プラセボ効果についてはじめて本を著したのは、イギリスの医師です。1800年代のことです。
それを実感し、さまざまな研究をしたのがアメリカの麻酔科医ヘンリー・ビーチャーです。
ビーチャー医師は、第2次世界大戦の末期に野戦病院モルヒネがなくなり、切羽つまって生理的食塩水をモルヒネと偽って注射しました。
傷ついて苦しんでいた兵士には、強力な鎮痛剤だと思いこませ、注射したのですが、すると兵士の緊張が和らぎ、痛みや苦痛がある素振りを見せなくなりました。
その後、何度もモルヒネが不足し、同じ方法をとらざるを得なかったのですが、そのつど同じような効果が得られたのです。
モルヒネではないのに、激しい痛みを抑える効果、プラセボ効果を目の当たりにしたのです。
戦後、ビーチャー医師はハーバード大学医学部でプラセボ効果に関して研究プログラムを立ち上げます。
手術後の痛み、頭痛、狭心症、咳、風邪などの症状を訴えてきた患者、1082人に、偽薬を与え、調べたところ、35%の人に症状の改善がみられました。
3分の1の人が偽薬で痛みなどがおさまったのです。
これはかなり高い割合といえます。
どうして、プラセボで痛みがとれるのか、いろいろ研究がありますが、ホーソン効果というのがあります。
これは医学的な実験ではないのですが、アメリイリノイ州シカゴ郊外のホーソン工場で行われた作業環境と生産性の関係を調べたときにわかりました。
工場内の照明を明るくして生産性がどのくらい上がるかを調べると、明るいほうが生産性が向上しました。暗くしたら生産性が下がるだろうと実験すると、落ちるどころかいつもより向上しました。
照明の明暗よりも、生産性の調査そのものが生産性を向上させていたのです。つまり、実験をするために、工場の幹部や同僚が見つめる中で作業をしたために、これが生産性を向上させたのです。
偽薬にしても、効果があった? 効いたでしょう? と質問されたりしているうちに、自分でもよくなったのではないかと感じてしまうわけです。
効果があると自分で思い込んで飲むと効果があります。


最新の研究でも、鎮痛薬を服用していると思っていると、痛みのシグナルが脳や脊髄に到達しにくい状況になっていることがMRIスキャンなどの実験で明らかになっています。
ドイツの研究者は、「この研究は薬効への期待が治療効果に大きく影響するエビデンス(科学的検証)である。全体的な治療結果を最適にするために、医師は薬物療法に対する信念や期待、経験をより体系的に評価し、統合すべである」といっています。
薬の効果を前もって患者にきちんと伝えるべきだということです。


わたしの経験ですが、ある腰痛の名医を取材していました。長い間診察を希望していた患者さんがきていました。名医ですから、診察も順番待ちがずいぶんあったのですね。
その先生が、横になった患者さんの腰のあたりを診察すると、診察室に入ってくるのもたいへんだった、その人の顔つきが変わって、痛みがなくなったといっていました。
その先生方がたださわっただけでよくなったのです。
名医に診てもらっているという期待、このときは実感ですが、それが痛みをとったのです。
人のからだの不思議です。


プラセボ効果のメカニズムがもっとわかってくると、ひょっとすると薬を使わなくても、痛みなどをとることができるようになるかもしれません。
脳の解明が待たれるところです。
医師のあり方も変わるかもしれません。


民間療法のウソとホント』でも、別の角度から紹介しています