草間彌生は何を見ているのか

  
松本市立美術館で草間彌生の『永遠の永遠の永遠』を見た。かつて、ここの常設展で彼女の作品を見たが、それはたいへん興味深いものだった。スポンジを布で包み、さまざまな形の男根と思われるものに、大小の水玉が散っている。その間を歩いていくのだが、左右に鏡があるために、自分が水玉の男根に包まれるような感じがする。合わせ鏡を使っているので、左右にどこまでもどこまでも作品が広がっていく。
今回は、130×162cm、162×162cm、194×194cmといった巨大なカンヴァスに、彼女の世界が広がっている。その数は112点、加えてオブジェなどもあり、制作年も2005年から2012年と、いまの草間彌生がわかる。
わたしは、横顔がいくつもいくつも連なり、ひとつの形をつくっているもの、眼が同じように連なっていく作品のほかに、細胞の中身を描いているような作品が気になった。細胞には、細胞核ミトコンドリア細胞核、さらに染色体などがあるが、それがさまざまな形で描かれているように思えた。
わたしたちのからだは60兆の細胞からなっている。それらは刻々と死に、そして生まれている。その永遠の営みがわたしたちを支えているのだ。
草間彌生には、わたしたちのからだを支えている、この細胞のうごめきが見えるのではないだろうか。
圧倒されるが、包まれている心地よさも感じる。
この展覧会は、11月4日まで、松本市立美術館で開かれている。