延命治療を受けるか受けないか

義父は93歳で亡くなりました。いっしょに暮したのは一年ほどですが、最期までみとったおかげでいろいろなことを学びました。
ふだんから、人の世話にはなりたくないと強く思っていたようですが、この年齢になるとそうはいきません。娘であるかみさんが食事はもちろん、入浴から排泄までずいぶんと面倒を見ていました。
知り合いの病院長から、「あまりがんばらないで、診てあげるから」といわれ、食事をあまり食べなくなったときに連れていき、圧迫骨折と胃潰瘍のあることがわかりました。リハビリも兼ねて入院し、元気になって帰ってきて、三日後に亡くなりました。
誤嚥が直接の死因でしたが、呼びかけても積極的には答えなくなり、呼吸も浅くなった状態で、知り合いの看護師さんがきてくれたのですが、かなり危険な状態と判断し、救急車を呼んで病院に運びました。病院では、担当医が懸命に心臓マッサージや人工呼吸をしてくれました。
そして、人工呼吸器をつけますかと聞かれたのです。
義父は尊厳死協会に入り、尊厳死宣言もしていますので、これ以上の延命処置は望みませんと断りました。このときに、すでに亡くなる寸前だったと思います。
延命治療をどうするか、そのときに目の当たりにしました。
実際、心臓マッサージを一生懸命してくれる医師を見ているだけで、もう十分です、という感じでした。93歳と年齢もありましたが、義父は穏やかに静かに亡くなりました。


「延命治療せず 6割経験」という大きな見出しが11月11日付の朝日新聞の一面を飾りました。
内容は、全国の救命救急センターの6割以上の施設で過去1年間に高齢者に対して人工呼吸器や人工心肺などの装着を中止したり、差し控えたりした経験があると回答したのです。
全国254施設に終末期の実態を聞いたもので、回答のあった145の救命救急センターから、65歳以上の高齢者に対して人工的に呼吸を助ける人口呼吸器や、心臓の手術をするときに、一時心臓の機能を止めて、心臓と肺の機能を代行する人工心肺という医療機器を使いますが、その人工心肺を使うこと、また、人工透析などの、「積極的治療」を中止したり、差し控えたりしたことが63%の91施設であったということです。
7割は本人が希望したり、家族が望んだとされています。この中には、家族の気持ちを推し量ったものも含まれているようです。「数日内に死亡が予測されると医学的に判断できるもの」が5割、「苦痛を長引かせ、本人の益にならないとチームで判断した」ものが3割だそうです。
反対に延命治療の中止を検討したが、実際にはできなかった場合は、家族の意見がまとまらない、医療チームと家族の意見が不一致、法的に問題があると考えたなどの理由です。


日本救急医学会でも、2007年に本人や家族の利益にかなえば、医師が不安を抱かずに延命治療を中止できるように、ガイドラインをまとめました。
そして、2012年ここ2年間に日本救急医学会に延命治療を中止したり差し控えたりしたという事例が17例報告されました。
延命治療の中止に関して、2007年以降警察庁に医師が書類送検されたことはないそうです。


具体的に何が延命治療なのか、ということが問題になります。
1991年にアメリカのオレゴンヘルスサイエンス大学で生命維持治療のための医師指示書というものがつくられました。
その内容は、きわめて具体的です。
患者が事前に選択するのですが、脈拍がなく、呼吸を停止している状態で心肺蘇生は行うか行わないか、同じ状態で苦痛を和らげる緩和処置は、人工呼吸器は、すべての医学的処置は、抗生物質は、管からの栄養摂取は、などなど、それぞれ行う、行わないというチェックをしていきます。
あくまでも脈拍がなく、呼吸が停止しているときに行うものです。これがポイントでしょう。


日本の尊厳死宣言では、わたしが将来病気にかかり、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、わたしの家族およびわたしの医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します、とあり、担当医をふくみ、2名以上の医師により、それが診断された場合、死期を延ばすだけの延命措置はいっさい行わないでください、続きます。


じつは尊厳死協会に依頼しなくても、各地域にある公証役場で、尊厳死宣言公正証書をつくることができます。
どんなものか、公正証書の例を紹介します。
第1条 わたし○○○○は、わたしが将来病気にかかり、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、わたしの家族および医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
1わたしの疾病が現在の医学では不治の状態に陥り、すでに死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合、死期を延ばすためだけの延命措置はいっさい行わないでください。
2しかし、わたしの苦痛を和らげる処置は最大限実施してください。そのために、麻薬などの副作用により、死亡時期が早まったとしてもかまいません。
第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめわたしの家族である次のものの了承を得ております。
妻 ○○ ○○ 昭和 年 月 日生
長男 ○○ ○○ 同上生年月日
長女 ○○ ○○ 同上

わたしに前条記載の症状が発生したときは、医師も家族もわたしの意思に従い、わたしが人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるようご配慮ください。
第3条 わたしのこの宣言による要望を忠実に果たしてくださる方々に深く感謝します。そして、その方々がわたしの要望にしたがってされた行為の一切の責任は、わたし自身にあります。警察、検察の関係者におかれましては、わたしの家族や医師がわたしの意思に沿った行動をとったことにより、これらの方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないようお願いします。
第4条 この宣言は、わたしの精神が健全な状態にあるときにしたもので、わたし自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

自分らしい最期をどのようにするか、自分はもちろん、場合によっては家族を含め、じっくり考え、話し合うことが必要だと強く思いました。