ちゅうちょしてはいけないとき

知人が脳梗塞で倒れたという電話が娘さんから入った。
脳梗塞」と聞いた途端、これはたいへんだ、困ったことになったと正直思った。


お茶を飲もうとしていた知人は飲み込むことができずに、口元からだらっとこぼしてしまったようだ。それを見て、奥さんがすぐに救急車を呼んだが、救急車の中で意識を失い、からだの左側がマヒしているようだという。
病院に運ばれ、すぐに診察を受けた。
ふだんから通っている病院だったので、心臓の薬ワーファリンを服用していることがわかり、また、患者の状態から血栓を溶かす薬は使えなかった。血液をサラサラにする薬を服用している場合、さらに血栓を溶解する薬を与えると脳出血を起こす恐れがあり、患者の状態によって血栓を溶かす薬が使えない場合がある。


緊急手術となった。
脳梗塞の手術は、カテーテルを太ももの血管から、梗塞の原因となっている血栓まで挿入し、そこからさらに細いカテーテルを使って血栓を取り除く。大きなものは網のようなもので包んで取り除いていく。
熟練した医師と放射線科の医師の連携がなければ、なかなかむずかしい手術となる。
あとでわかったが、運ばれた病院に脳外科の医師が赴任したばかりだった。


娘さんから「血栓がいくつもあって、取り除くのがたいへんだった」と聞き、血栓が大きく、その一部がくずれてあちこちで詰まったことがわかる。
それだけ血栓が大きいのは、心臓から血栓が飛んで行ったものと考えられる。薬を飲んでいたというから、間違いない。
血栓をひとつ一つ取り除き、手術は1時間半ほどで終わったという。
医師は「手術は成功したが、これだけの時間、脳の血流が途絶えたので、マヒが起こるかもしれない」と告げた。
ICUで病態を確認していたが、麻酔から覚めた友人は少し左腕に違和感がある程度でマヒはなかった。
二日後にマヒもなくなり、1週間程入院して退院した。
いや驚くような回復力。よかったと思わず、胸をなでおろした。


素晴らしかったのは、奥さんの判断である。
発作が起こる一週間ほど前から、なんとなく調子が悪いと本人はいっていたようだが、ほんのわずかな異変を見逃すことなく、ちゅうちょなく救急車を呼んだところである。


脳梗塞の前兆として、
1顔のマヒ(F)
2腕のマヒやしびれ(A)
3言葉の異常(S)
4すぐに救急車(T)
がポイントという。FASTと覚えるといい。
顔がゆがんだり、口が閉まらなくなったりという顔(Face)の変化。
片方の腕や足に力が入らない、しびれが起こるという腕(Arm)の変化。
話ができない、言葉が出なくなるという言葉(Speech)の変化。
ほかに、片方の目に幕がかかったようになる、視野が狭くなる、物が二重に見える、思ったように字が書けないなどという症状は、一過性脳虚血発作といわれ、時間がたつとなくなってしまうことが多く、かつては医師もあまり問題にしてこなかったが、早いと48時間以内、遅くとも3か月以内に脳梗塞が起こることがわかり、この時点で対処するように変わってきている。


友人の場合、心臓で発生して血栓が飛んだので、もっと状態が悪かったわけだが、的確に救急車を呼んだのがよかった。
なんといっても時間(Time)がものをいう。
脳梗塞は命をとりとめても、マヒなど重症の障害が起こることが多い。
FASTは常に頭に入れておきたい。
早い判断、早い処置(救急車を呼ぶなど)、早さが何より大切。